運命に身を委ねる
遠征で自分のお気に入りの黒縁メガネをかけていったら、まさかの「ワクワクさん」と言われてしまった、1回生保健体育コースの松本翼です!
同期や2回生からは「中坊」や「ガキ」と言われていますが、今年はなんといっても人生の大イベント、成人式があります!
あと半年でこのルックスを卒業し、少しでもかっこよくなれるように努力していきたいと思います。
そんな僕ですが、浪人期間を経て大教大に入学しました!ブログを書く機会をいただいて少しでも読んでもらいたいと思っているので、みなさんがあまり体験することのないであろう浪人期間の経験を語ろうと思います!
それでは本文に入ります。
大学受験が始まりを告げたとも言える高校1年生の時、僕はサッカー部が強い国立大学に憧れを抱きました。特に僕は進学校出身で強豪校とはいえないチームに所属していたため、どえらい選手と一緒にプレーするには勉強して一般受験でするしかないと思ったからです。そんなこんなで1年生の時から勉強が好きな変わったサッカー部員と共にコツコツと勉強しました。
しかし、高校3年生の選手権予選。
自分はいつの間にかキャプテンとなり、富山東高校は10年ぶりに富山県大会の決勝戦へ進みました。夢であった選手権出場まで、あと一歩。
自分自身も準決勝でゲキサカに取り上げてもらったりして、正直かなりウキウキの状態で決勝戦に臨みました。
しかし結果は、あっけなかったです。
セットプレーから失点し、結果は0-2で敗戦。
高校サッカーが終わりました。
負けて泣きました。でも、クヨクヨしている暇はありません。
あと2か月で共通テスト。
今振り返ると、要領が悪い自分にとっては、正直、選手権までサッカーをやっていた分、勉強に対する時間が少なかったし、自分の実力で高い点を取ることは厳しかったです。
そして迎えた共通テスト。
結果は惨敗。
特に僕は国語が苦手で、本番でも大やらかしをしました。
100点を切りました。
しかも、この年の国語は平均点がくそ高かったらしいです。どうして笑
自己採点でその結果を知った瞬間、記憶がないくらい学校で大暴れしました。
「翼がトイレで寝転んでいた」
「トイレのデッキブラシで歯磨きをしていた」
などという奇妙な噂を学校中に流されるくらい、変なことをしていたらしいです。
それくらい終わっていました。
3年間必死に頑張って勉強していたのに…
国語が大きく足を引っ張り、共通テスト利用も爆死。前期試験も不合格。
後期試験はなんとか受かったのですが、サッカー部が弱い大学でした。
その時の僕には、
「1年間勉強すれば、必ず伸びる」
「選手権までサッカーをやっていたから時間がなかったんだ」
「強い大学でサッカーしたい」
まぁ、こんなような理由で浪人することになります。
ただ、浪人するかしないかを決める時、祖母や母からは反対されました。
1年間頑張ったからといって、100%志望校に受かる保証はない。
また共通テストで大爆死するかもしれない。
予備校代も100万円ほどかかる。
家族からすれば、正直かなり大迷惑な決断だったと思います。
それでも、自分の決断を許してくれて、支えてくれた家族には本当に感謝しています。
そして、僕の浪人生活がスタートしました。
僕はいろいろな予備校を回り、模擬授業が本当に素晴らしかった河合塾に入りました。
浪人生へ。
ネットの評判と実際の雰囲気には差があるので、必ず模擬授業を受けて、リアルを体験しましょう!
僕の浪人生活は、毎日8時半に予備校が開き、90分授業を最大5コマ受け、閉館する夜9時まで自習。
その後、友達と富山駅の勉強スペースへ行き、夜10時まで主に社会の問題を出し合う。
そんな生活を続けていました。
毎朝、勉強を始める前に「今日やることリスト」を作り、「今日は何を克服するのか」を勉強計画ノートに書いていました。
これは本当に僕の受験人生を変えました。
受験生にはぜひ使ってみてほしいです!!
毎日早寝早起き。
富山駅でカップルを見かけても。
予備校内での禁断の恋愛情報を耳にしても。
全力で勉強しました。
ここまで聞くと、「きついメンタルをどう保っていたの?」と思うかもしれません。
僕は、勉強意識の高い友達と毎日過ごすし、彼らと一緒に勉強を楽しいと錯覚できるように工夫していました。
友達と競ったり。
問題を出し合ったり。
教え合ったり。
一人でやるよりも、仲間と頑張ることで続けることができました。
また、二次試験で実技が必要だったので、高校のサッカー部の練習に週1回参加していました。
「大好きなサッカーが週に1回やってくる!」
そんな気持ちが、僕のモチベーションになっていました。
そして、InstagramやBeRealなどの誘惑を消したことも、周りを気にせず勉強に集中できた大きな理由だったと思います。
必死にやり続けた結果、最後の模試では現役時の共通テストの点数から150点以上伸びました。
このままいけば……。
そう思って迎えた、共通テスト本番前日。
いつもより早く予備校を出て、浪人仲間と日々の傷を舐め合うように励まし合い、帰宅しました。
「明日はやるしかない」
そう思いながら、夜9時にはベッドに入りました。
しかし。
全く寝られません。
羊を数えること約1万匹。
気づいたら午前3時。
緊張と重圧が限界を超えていました。
それまで何ともなかったのに。
もう無理だと思い、泣きながら父と母の寝室へ行きました。
そして、2人の間に挟まれて寝ました。
親は偉大です。
睡眠時間3時間で挑んだ共通テスト1日目が終わり、さすがに2日目は寝ることができました。
そして迎えた自己採点。
結果は、現役時より100点以上伸ばすことができました。
ただ、最高のパフォーマンスを発揮できたわけではありませんでした。
前期試験の判定は、筑波大学がC判定。
東京学芸大学がA判定。
家族とも話し合い、確実に合格する可能性が高い東京学芸大学を受験することに決めました。
正直、ボーダー+30点。
受かった……と思いました。
この気の緩みが、また僕をどん底に突き落としました。
二次試験当日。
1日目の実技はやり切りました。
そして迎えた2日目の面接。
自信満々で、めっちゃ喋りました。多分、余計なことも。笑笑
喋りすぎたことが原因かはわかりません。
まさかの前期不合格。
頭が真っ白になりました。
生きている心地がしませんでした。
そしてすぐにやってきた、大阪教育大学での後期試験。
もうどうなってもいい。
そんな気持ちでした。
その時、今では同期になるたいすけやしゅんと、初対面にもかかわらず話しかけまくりました。
試合でも、人一倍声を出しました。
とにかく、自分ができることを全部やりました。
やり切りました。
でも、合格発表までの間、だんだん自信もなくなっていきました。
友達との旅行で気を紛らわせながら迎えた、最終日の帰り。
サービスエリアで、16時に合格発表を見ました。
合格。
その瞬間、高校3年間のこと、そして大きな浪人期の思い出が一気に込み上げてきました。
涙が溢れました。
正直、嬉しさよりも安堵の方が大きかったです。
ここまで、受験期、浪人期のリアルを少しでも伝えることができたと思います。
振り返ると、正直うまくいかなかったことの方が圧倒的に多いと思います。
結果的に、この浪人生活が失敗だったのか成功だったのかは、正直まだわかりません。
でも、この1年間が自分の人生に大きな影響を与えたことは間違いありません。
この受験生活は己の弱さを知り、それに逃げず、真正面から向き合い、我慢強く努力し続けることを自分に伝えてくれました。
そして今、人生で一番サッカーレベルの高い集団の中でサッカーをすることができています。
高校時代には手の届かなかったレベルの選手たちと一緒にプレーし、要求され、考えながらサッカーをする。
本当に刺激的な毎日です。
大学でサッカーするために、高校3年間、そして浪人の1年間、全力を尽くしてきました。
その結果、「運命的」に大阪教育大学に来ることができました。
ここまで支えてくれた家族には、本当に感謝しています。まだ大学生活は始まったばかりです。
全力を尽くして入学した大教大で4年間最後まで全力でサッカーに取り組み、大教大に来れて良かった!と思えるよう頑張っていきたいです!
ご精読ありがとうございました!




コメント