上手くいかないときこそ光輝け
どうもこんにちは
筋肉ムキムキ僕のパートナーこと奥川君から紹介をうけました平社員と広報班班長を兼任しています大教のカマキリ、ナナフシ、モモナナ、そして人狼の宮本周太郎です。(あだ名多っ)
1番安パイな4番目という順番で4回生のみんなにヤーヤー言われてますが(特にゆーきと髙田)頑張って引退ブログ書きます。ブログを色々計画してた側なのに気づいたら自分の番でびっくりしてます。
僕は広報班の班長として今年は活動させていただきました。
みんなはしんまボーイが広報班の班長と思ってたかもしれないですが実は僕が広報班班長でした。僕がしんまを裏で動かしてました。嘘です。嘘ではないか。(しんまたくさん仕事してくれてほんまにありがとう)
みなさん今年のSNSの活動に協力いただきありがとうございました!来年も頑張ってね!
マジで!余談ですが今年新しいあだ名が増えました。
大教のエース兼僕の舎弟(仮)のおうちゃんが名付けてくれました。
あだ名は恥ずかしいので言いません!親来る前であんま言うなよ。
ちなみに今までのあだ名
大教のカマキリ、ナナフシ、モモナナ(これらは全てゆうやくんが命名、感謝してます。正直モモナナあんま似てないっす)
じゃあ新しいあだ名にちなんだエピソード三選しようと思ったけど、とびっきりの1つやっときます。(この話次大がめっちゃ好きな記憶ある)
もっとエピソード知りたかったら直接聞いてきてください。なんぼでも話します。
①中1の学校帰り、下校で疲れてありえん長い信号があって、疲れたから横断歩道の前で座って休憩して家帰ったら何故か背中にリュックがありませんでした。家に帰ったらお母さんが大慌て。夜捜索しても見つからず。朝明るくなって学校全体そして家族がリュックの捜索をしました。そしたら信号の電柱に引っかかってました。怖い。どうして?本当に1番怖い。
正直伝説
本当に家族、中学校の先生方にはご迷惑をおかけしました。
お母さんはほんまにありえん心配してた。
こんな僕でも来年から小学校の先生なります。
こんなお茶目な僕でもみんな愛してね笑
めっちゃどうでもいい余談は置いといて、引退ブログ始めます。
何書こうか迷って、どうしようか思ったけれど、サッカー人生振り返っていこうと思います。
田舎の福井県の都会に生まれた僕は小3の時に小学校の友達と一緒に少年団に入りました。
サッカーを選んだ理由は野球と悩んだのですが野球チームは坊主にしないといけないのが嫌すぎたからというものです。めっちゃ思春期っぽいかわいい理由です。多分モテたかった。
小学校の転機というと小6かなと思います。それまで背が高いというだけでキーパーをやらされてました。ほんまにやらされてた。小5まで自分の代ではキーパー、上の代ではフィールドで普通にサイドバックで試合に出るというわけ分からんことしてました。
フィールドも自信出てきたし、ほんまにキーパーやりたくなくて、めっちゃ手痛いし骨折れるし
「キーパーやめたいです。」
初めて勇気を振り絞って人に主張したと思う(今やったら無理やろなあ笑)
マジで自分のキャラからしたらほんまにようできたなあと思うし、この時勇気出してよかったと思う。(まさか大学入ってもっかいキーパーやるとはこの時は思わん)
そっからヘディング大好き俊足センターバックとしてプレーしてた。(ほんまに今の大田くらいオッケー言うてた)
けどこん時小学生では珍しくチアゴ・シウバに憧れており、渋めのチョイスでかなりセンスは良いんちゃう?
チームもまあまあ強くて楽しかったしほんまにこのチームのみんなでやるサッカーがただ楽しくて熱中してた。
そんなんこんなで中学校、福井県の強めのクラブチームに入ろうかなと思ったけれど少年団のチームメイトがみんな地元の中学校の中体連でサッカーするので離れ離れは嫌やなあと思って僕も中体連でプレーしてた。
けれど本当に指導者に恵まれた。偶然にも超ラッキーな事に北信越トレセンのコーチが自分の中学校に赴任してきて顧問になった。ほんまに恩師。おかげさまでサッカーの面も人間の部分でも大きく成長できたと思う。
その先生は今JFAアカデミー熊本宇城でコーチしてる。ほんまにすげー
中2からは県トレにも選ばれて(選考会では緊張してズボン前後ろ逆やったけど受かったなー)1番成長できた期間だったなと思うし1番サッカーに対しても自信ついてたし俺思ったよりできるやんってめっちゃ思ってた。
今ならありえんかもしれんけどキャプテンやってた。結構威厳ある系のキャプテンでまとめる感じで松木クリュウ並みに集合させるくらいにね。
それは流石に盛ったか。
実はキャプテンシーあるかもしれない。
ほんで高校編、めっちゃ勉強頑張って高校に入学しました。
進学校という事で頭いいやつしかおらんくて学力では劣等感を感じながら苦しんでました。ほんまに学力で色々ランクづけするような感じで自分はめっちゃ嫌でしんどかった記憶しかない。
頭脳では到底輝けないのでお茶目さ、身長、明るさ、雰囲気で学校生活は乗り越えていた気がする。
サッカーに関してはそんな強い学校でもない。やから入学したら即スタメンやった。初めての練習試合で入ったばっかやからどうせ出んやろって思って、友達と普通に喋ってたらボードに自分の名前貼ってあって急いで着替えてアップしたの覚えてる。(案の定試合で足を攣る)
中学の時の自信もあったし、自分できるわと思ってやってたら
選手権の準々決勝丸岡高校戦
0-13で負けた。意味わからんくらいボコボコのけちょんけちょんにされた。もう点取るの飽きたでしょとも思うぐらいね、多分相手も飽きてた。
それと同時に丸岡に行ってたらとかの高校選びの後悔もあったけれど過去は変えられないから今ある環境で頑張るってめっちゃ決意したのは覚えてる。
やからこそまだまだサッカーを続けたいって思ったし、結構大学もそれで選んだかも。
不完全燃焼では全く無かったけれどまだまだ自分の可能性を確かめたいではないけど今まで感じたことないレベルの高いところに身を置いてやってみたいなと思って、大教を受験した。
あと普通に父さんに憧れて先生にはなりたくて、教育学部にめちゃくちゃ行きたいって決意した。
次から大学編
どうなんやろ引退ブログってみんなどんくらい書いてるんやろ。
引退ブログむず
言うの遅かったんやけど宮本少年の高校まで興味なかったら全然飛ばしてください
大学編
大教大サッカーに入部する。
ほんまに福井の田舎から出てきてようわからん高校(コウシじゃないしコシだよ)やし実績も実力もないまま入部。
有名チームや強豪校で実績ある人ばっかりで正直めっちゃビクビクしてた記憶ある。
1年目について何書こーと思ったけどそんな書く事なかった。でもIリーグ初勝利のあの喜びは忘れられない。
あの時の4回生の涙と喜びを見たらこの人のために戦って良かったなあって1年目ながら思った。
飛ばして3年目の僕の誕生日5/18
初めて関西リーグでデビューできた。
あれは前期の神戸学院大学戦
めっちゃいい誕生日プレゼントやった。
出たんは20分くらいかな試合はめっちゃ負けたけど
なんか1個自分の中で目標クリアできた感じして嬉しかったし、松原先生にもそれなりに褒められた。プレーも悪くなかったし次の近大戦もやったろなんなら点取ったるわ思ったら
ベンチ外やった。
スタンドでシーサー歌ってた。
広報班としてインスタの速報してた。
死ぬほど悔しかったけど自分に言い聞かせて悔しい感情押し殺して応援してた。チームのために言い聞かせて
でもこうできるのが自分の強みなんかなと思う。上手くいかんくても自分の居場所を見つけたりとか自分にできることを必死にやること、もちろん悔しいしなんでやねんって思うけどそん時自分にできることを必死にやるこれ大事やなと思う。
4年目は怪我が苦しかったなあ
6月に右膝半月板損傷
最初は右膝ちょっと痛いなあと思いながらやってて朝起きたらめっちゃ痛かった
ほんでなんか右膝力入らんくね?って思ってやってたら我慢できなくて病院行ったらこれ
色々検査して
「手術しますか?どうします?」
お医者さんに言われた時は本当に時止まった感じがして、一瞬で終わったと思った。
あと5ヶ月しかないのにとかもうサッカーできひんかもとか思ったら、涙が出そうになったけれど必死に足とかつねったりなんか良いことを考えて誤魔化そうとして涙を止めようとしてたのを覚えてる。
でもなんとか手術せずに保存で3ヶ月で復帰を目指す事にした。
親にも怪我したことを電話して、3ヶ月で治して、残り2ヶ月サッカー頑張るって言った時も変に励ますとかではなく、
「無理だけはするな」
って言われて、その言葉が親なりの優しさなんかなと思って、多分ハッパかけたらコイツは無理してもっと酷い事になるかもしれんってね。でも親に言われたことでめっちゃ気は楽になったし、正直張り詰めてた心に余裕ができたかなと思う。ほんまにありがとう!
寝起きめっちゃ膝痛いし、自分サッカーできひんのにみんながサッカーしてるのを見るのはしんどいし、何回もゆうたに膝痛いって嘆いたし、リハビリめっちゃしんどいし、痛いなあとも何回も思ったし、よう分からん注射もいっぱい打ったなあ、正直治るんかお先真っ暗感があって落ち込んだこともあった
ゆうたのテーピングが無かったらほんまにサッカー無理やった(ゆーたほんまにありがとうだいすき)
なんとか怪我乗り越えて9月復帰しました。
そして10/31 国公立リーグ京都大学戦
久しぶりのスタメンの試合。
応援もすごい声が響いていて、応援してくれるみんなのためにもそして自分自身が点を取って勝たせるって思ってる試合に臨みました。
試合が始まり、自分自身もすごく体調子ええなあ思ってプレーしてました。
そしたら、ユースケがPKを獲得。彼は僕にPKを託しました。
“PK失敗”
笑えんくらい下手くそなPKやし超弱気でした。樫田にはめっちゃセンスありそうな助走って言われました。しばきます。
いやすみませんほんまに
でも10分後くらいブルーロック凪誠士郎並みの2段式ボレー(嘘)で得点取れました。(ユースケアシストありがと)
久しぶりの得点めっちゃ気持ちよかったし、復帰して、久しぶりにサッカーがめっちゃ楽しかった。
試合にも勝てて、この怪我してた時間そしてこれまでの4年間が少し報われた気がしました。
サッカー人生でも過去1くらいに嬉しいゴールです。何気にユースケが1番喜んでたのも嬉しかったかも。あと久しぶりにじゅんせいともツートップ的なのも組めて嬉しかった。名倉もキャプテンマーク似合ってた。ゆうやくんに少しは恩返しできたかな。
僕は幸せです。
そしてブログを書いている今に至ります。
ここまで色々サッカー人生振り返ってみたけど全くといって順風満帆ではない。
でもねこれだけは大切にして生きてきたなというものはこの大学4年間で確立できたなと思う。
それは”上手くいかないときこそ” かなと思います。
これは舎弟(ガチ)のいぶきに言われました。
「しゅうさん怒ったことあるんすか」
確かに正直あんま怒ったことない。自分の中で上手くいかないこととか怒りみたいなんは上手く変換して自分にできる何かを実行して乗り越えてきたんだなって振り返るきっかけになりました。
サッカーやってたら上手くいかない時なんてたくさんあると思います。
例えば、メンバー外になった、スタメン外れた、途中で変えられた、たくさんミスした、怪我してしまったその他もろもろね
でもそういう時にこそ何ができるかかなと思います。
それを怒りに変えたり、誰かにぶつけたり、だからといって何もやらないとかは簡単なこと。そうじゃないと思う。
もちろんそうすることも必要な時はあると思う。
でもその怒りを上手く変換して、自分にできることはなにかって探してみたり、居場所を見つけたりするそして実行することの方がもっと必要なのかなと思う。
それは応援を本気ですることなのかもしれないし、ベンチから本気で鼓舞したり、チーム運営をやることもそうかもしれない、怪我してしまったらチームのサポートをしっかりすることかもしれない、他にもたくさんあるけど
そうやってやっていくことで自分自身の成長につながっていくんじゃないかなと思います。怒りや悔しさをグッと堪えて自分にやれることやってみよ、それができればチームにはいい影響与えられると思うし、良いチームになっていくんじゃないかなと思います。
どんな時でも光輝ける自分であろう
人それぞれの個性があるからね難しいとこもきっとあるかもしれないけどね
色々話したけれど残り2試合!!
絶対にみんなで昇格しよう!
俺らなら絶対できる!
この前の11/1のリーグ戦京都大学戦でそう感じた!
選手もマネージャーも応援も全てが1つになって感動する試合を見せれたと思う。
絶対掴み取ろう!
最後に
後輩達へ
君たちたくさんいじってくれましたね。でも何気に嬉しいというかまあおもろかったよ笑
「しゅうさん、しゅうさん」言ってきてくれて
頼りない僕だったかもしれないけれどみんなと一緒にサッカーできたことは本当に幸せでした。ありがとう!
来年からも本当に応援しています。
来年も僕は大阪にいるので暇やったら太田くんとかを引き連れて試合見に行きます。
特に僕の舎弟(仮)おうちゃんそして舎弟(ガチ)いぶきにはかなり期待してるし応援してる。君たちとの自主練のシュートなくなるのは寂しいです。(君たちの僕をバカにする感じも)
めっちゃ上からやけどほんまに頑張ってほしい。
かいともアナリストとして分析とか忙しいかもしれんけど頑張ってな!
げんも俺が彼女と危なくなった時たくさん相談乗ってくれてありがとう。今があるのは君のおかげです。
同期へ
こんな僕を愛してくれてありがとう!
色々迷惑とかイライラさせたこともあると思いますが罵倒しながらも優しく包み込んでくれてありがとう!
みんな人狼すぎてごめん!
何気ない部室での時間とかくだらん話とか飲み行くのも全てが思い出です。
最後は全員で13人で満面の笑顔で引退しようね。
引退したらみんなでしっぽり飲みながらでも語り合ったりしてみたいね。まあせんかそんなん
卒業旅行は幹事でもなんでもするのでみんなで行こーね!
家族へ
22年間育てていただきありがとうございました。
久しぶりに家族が見にきた試合でPKを外すという情けない息子ですがこんなに立派に育ちました。最後にサッカーしてる姿見せれてよかったです。
来年から大阪で先生になります。
憧れでもあり尊敬するお父さんを超えれるように自分なりに輝ける先生になれるようこれからもがんばります。
そしてじいちゃんばあちゃん
小中高とたくさんお世話になりました。宿題手伝ってくれたり、忘れ物を届けてくれたり、ありえん大雪の時とかも送り迎えしてくれたり、ご飯作ってくれたりと感謝しかないです。
足も悪いのにわざわざ大学ラストの試合見に来てくれてありがとう。
家族の皆さん必ず恩返しします。
これからもよろしくお願いします。
こんな感じで僕の引退ブログ終わります。
皆さん読んでいただきありがとうございました!
次は大教大の守護神
ツンデレという言葉を1番体現する男
かっこいいフェイスからは想像できない甘えん坊ちゃん
俺がチャンカパーナを熱唱する横でよう分からんプレミアリーグの渋試合を見ていて僕の盛り上げを冷めさせた男
僕たちのゴールを守り続けた男は何を書いてくれるのか
皆さんこうご期待!!




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