日常をたまに客観視すること
- 男子サッカー部 大阪教育大学体育会
- 2 時間前
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こんにちは!
教育探究コース2回生アナリストの長瀬櫂土です。ワールドカップ開幕の日に20歳を迎えました。先日コンビニでお酒一本を手に、身分証を見せるのをワクワクしていましたが、なぜか年齢確認されなくて悲しかったです。
6月後半に20歳になって初めて帰省しました。帰省が終わって大阪に戻るときのあのなんとも言えない感情はいつになっても慣れません。
短い帰省の中、寂しさと家族への申し訳なさを抱きながら友達とご飯を食べに行くのですが、この前は久しぶりにお母さんのご飯を食べることができました。
お母さんの生姜焼き。
高校までお母さんの料理の中では好きではない方の料理だったけど、久しぶりに食べたらこんなに美味かったのだと気づいて、泣きそうになりました。
「当たり前に思うことが出来ていた日常から抜け出して、これまでの日常に感謝できたときに成長を感じることができる」
自分はそう思います。
なんなら、このことを子どもたちに伝えたいと思ったことが教員になろうとした理由の半分くらいを占めると思います。
自分は高校まで金沢で過ごしてきて、好きなだけお母さんのご飯を食べて、部活をして、学校で友達と会って、遊びに行って…。そんな日常を当たり前だと思うことが出来ていました。
でも、当たり前に思えていた生活は実は当たり前ではなかったのだと大阪に来て痛感します。それと同時に、これまでの生活への感謝が芽生え、これからも頑張ろうという気持ちになります。
自分は割と、人生において今の瞬間は一回きりだから大切にしよう、と思って生活する人間です。中学3年あたりから何かことあるごとにそう思って過ごしてきました。そのおかげか、幸せなことにたくさんの想い出があります。
その想い出が今の自分を成り立たせる土台になっていると感じます。
この間、回生旅行に行ったとき、そうじが「毎日こんなんやったらええのに。でも『たまに』やからええんよ。」みたいなことを言ってました。ほんとにそうだと思います。当たり前に思える毎日があるから、日常から抜け出したときに、いつもとは違った幸せを感じることができると思います。
学校に行って友達と授業を受けて学食を食べて、部活に行って同期や先輩後輩とサッカーの時間を過ごして、バイトに行く。そして土日は部活後にみんなでご飯に行ったり、たまに遊びに行ったり。文字に起こすとありきたりな日常かもしれません。それでも毎日感じるものはたくさんあって、自分にとってこれ以上ないくらい幸せな日常を過ごさせてもらってます。
そんな大学生活もあと2年半。だから少しでも一瞬の時間を大切にして、当たり前だと思える日常を過ごして行きたいです。そして自分の土台を想い出で形成できるような、人生最後のモラトリアム(byともき)を過ごしていきたいです。
最後に、大教大サッカーアナリストとして書きたいと思います。
心のどこかで、なんとなく昇格できるやろって思っていませんか?
恥ずかしながら、自分も春の間は心のどこかでそう思っていました。
今シーズン3部でスカウティングしてきて、自分へのフィードバックをするために大教の試合も全部観ました。
去年2部だったからのなのか分かりませんが、ありがたいことに対大教戦でいつもよりギアを上げてくるチームが多いように感じます。
「この選手こんな位置からシュート打ってなかったのに」とか、「こんなにカウンター追い越してきてなかったのに」とか、「得点めっちゃ喜ぶやん」って思うシーンが結構ありました。
これは自分のスカウティング不足だと感じるのと同時に、大教大を食ってやろうっていう相手チームの気持ちも感じます。
そんなチームになんとなく勝てるやろって思いで試合するのは相手に失礼で、隙を突かれてしまうのは必然だと思います。
そもそも、今年の3部は関西選手権の結果をみてもレベル高めだと思うので、大教が「まあ勝てるやろ」って思っていい相手もいません。
絶対に昇格したいです。
大教大サッカー部のメンバーが好きだからこそ、絶対に昇格しなければいけないと感じます。
今シーズン何度も思ってきました。
その分、他会場でスカウティングしている時に、失点の通知が来た時はめっちゃ悔しいし、得点の通知が来た時は死ぬほど嬉しいです。
今シーズン終わった時に笑っていられるように。
来シーズンは2部で上位争いできるように。
応援してくれる人を笑顔にするために。
これからも頑張っていきましょう!!
ここまで読んでくださってありがとうございました。




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